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街道・古道

2017年8月12日 (土)

吉野町、鹿路隧道南側から細峠、城ヶ峯、竜在峠、<その2>

竜在峠から鹿路隧道北側へ向います。
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7:42、しばらく進むと昔の茶屋跡に到着、すぐ横に道標、各方面の分岐地点で細峠へのルートもあるようです、ちなみにここから冬野1.9km、竜在峠0.3km、鹿路1.8km、細峠0.7km、滝畑1.9km、
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読み方は、たふのみね(多武峰)、よしの、でいいのだろうか、
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鹿路隧道方面に下りていきます、
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しばらく進むと舗装路に変わりますが、昨日の雨で滑りやすいです、
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7:57、鹿路隧道北側に到着、
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今度は北側から細峠に向いますが、上の画像の民家があって車道が二車線なので、あまり桜井市側は旧道という感じがしません、
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桜井市側も舗装路が続きます、
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8:07、細峠→、の指示板を過ぎると登山道に、
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登山道に入ると細峠はすぐの所、
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8:12、細峠に到着、正面の吉野方面の指示板が気になりますが、たぶん南側の林道に通じているような気がしまして、そこまで歩くと林道を経由してバイクの駐輪位置まで戻るのが一苦労なのでここは自重します、
この前の龍門岳の件もありますので、冬場ならば歩くのも別にかまわんのですが、
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8:22、P725地点、ここも右方向にルートがありそうな、踏跡が見られます、
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8:25、分岐地点に到着、右に折れて降りていきます、
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8:29、破線道との分岐地点に到着、今度は破線道を進んでみます、
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最初は踏み歩かれた杣道という感じ、
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徐々に怪しくなっていきまして、
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とうとう踏跡もなくなり、やっちまったかなぁ、としばらく降りていきますと林道が見えてきまして、
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8:39、作業林道に到着、地形図の破線道が林道化したようです、
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8:43、r37旧道に到着、入口はチェーンが張られていて車両は進入できません、
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8:45、出発地点に戻って山行は終了、それなりに面白かったですね、
Dscn2779

南側の破線道ルートと細峠の位置については勘違いが有りまして、前半ちょいとどたばた気味ですが、以前北側の隧道入口から細峠までちょいと歩いた際、細峠にある、「吉野方面」の指示板を見て南側はどういうルートなのかな、と思っていまして歩いてみたのです、
結局往路で歩いた道は尾根から三津地区へのルート(出発地点横に三津地区への車道有り)のようで、古道は古道でも吉野方面へのルートではないようです、となると林道もしくはその隣の破線道が吉野方面への古道なのだろうか、( ゚д゚)
まぁ、このエリアは尾根ルート、林道が多数あるので様々な歩き方ができるおもしろい山域ですね、(・∀・)

吉野町、鹿路隧道南側から細峠、城ヶ峯、竜在峠、<その1>

下記が山行ルートになります。
総距離:5.42km
合計時間:2時間20分00秒
平均速度:4.35km/時
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2017/8/10、5:53、奈良県道37号線、新鹿路トンネルの吉野町側から旧道を走行、鹿路隧道南側に向います、
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6:26、鹿路隧道南側から破線道を利用して細峠に向います、
準備してましたら東側の三津地区の住民と思しき男性がワンコを連れて散歩されており、この道で細峠まで行けるか尋ねますと、「あぁ、行けるよ、古い道で昔は利用してたよ、ただし、その木の橋は危ないから渡らない方がいいけど」、とのことで、やはり古道であることが判明、
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木の橋は使わず渡って進みます、(´Д`)、確かにちょっと危ないかなと思っておりましたのでアドバイスは有り難いわけで、
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現在は杣道として利用されているようですが、いきなり破線道の位置から外れて上へと進みだし、地形図の破線道とは違うのかも、
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6:40、このでっかい倒木後方が南側から直登する破線道との合流地点、破線道は杣道のようで帰路で歩いてみることに、
Dscn2687

状態はそんなに良くはないのですが道幅が広く歩きやすいです、
Dscn2688

6:44、尾根道に合流、GPSを見ると細峠の西側(これが勘違い)のようで東進します、
Dscn2690

考えていた所に到着しても細峠でないようで、あれ、もっと東側だったのかな、とさらに東進、
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6:52、進むだけ進んでこの案内板でorz、(´・ω・`)
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7:07、がっくりしながら往路を戻って細峠に到着、以前に鹿路隧道北側から登って来たときはGPSの類は持たずに来たので位置を勘違いしてました、(´・ω・`)、まぁ、道無き道を彷徨ったわけでないのでいいんですけど、
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3年前に訪れた時より案内板の磨耗が酷くなっておりほぼ読めません、隣は松尾芭蕉翁の句碑、「雲雀より空にやすらふ峠かな」、ぐぐってみますとこういうサイトが、
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細峠から竜在峠までは林道のような尾根道が続きます、
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7:20、三角点、城ヶ峯へ向うにどうもピーク地点まで尾根道を行かねばならないのを分岐地点を行き過ぎたようで、仕方がないので斜面を攀じ登ります、
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7:25、三角点、城ヶ峯の地点に到着、
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P752.3、三等三角点、城ヶ峯、
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竜在峠に向いますが、笹薮の中をテープを頼りに進みますが、途中テープが行方不明、なかなか厄介なルートです、
Dscn2724

7:35、なんとか竜在峠に到着、細峠から竜在峠に向うにこのルートしかないのか判りかねます、左方向の滝畑方面のルートと細峠からのルートがどこかで出会うだろうか、
Dscn2726

画像正面方向が滝畑方面、
Dscn2730

その2に続きます。

2017年7月31日 (月)

奈良県道48号線、通行止解除の小南峠隧道を走行してみる、

下記が走行ルートになります。
総距離:8.72km
合計時間:1時間31分20秒(この内天王山への山行時間は28分26秒)
平均速度:12.28km/時
20170727_05

2017/7/27、9:29、黒滝村中戸地区の河分神社前から県道48号線を走行し、長らく通行止めであった小南峠隧道に向います、もう素彫りのトンネルではないのですが、(´・ω・`)
Dscn2429

通行止め表示板は無くなり、高さ制限の表示板のみ、
Dscn2430

旧山上街道であるので歴史を感じさせる祠等も多く、
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9:40、道標設置場所に到着、左、大峰、山上、たぶん古道は次のヘアピンカーブまで直登するようなルートのはずで、登山地図に破線道で記載されている部分だと思います、
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9:45、松ヶ茶屋跡手前のヘアピンカーブにある取付き地点から天王山へ向かってみます、
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10:27、松ヶ茶屋跡に到着、朽ちた看板がちょいと哀れな、(´Д`)、後方の携帯電話基地局横からの尾根道を利用しても天王山へ行けます、(松ヶ茶屋はwikiの小南峠の項目に詳細有り)
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松ヶ茶屋跡からすぐの所にある、旧山上街道との分岐地点、古道は林道化されている所も多く、杣道としても利用されているようで、山と高原地図には破線道で旧小南峠まで記載があります、
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斜面を下った所に三角点、小南がありますが、もう↓して↑する元気が残っていませんので止めます、(;´Д`)
Dscn2480

隧道近くになりますと、路面のアスファルトを交換しているようです、法面は相変わらずですが、
Dscn2487

10:48、小南峠隧道に到着、モルタル吹き付けの壁面が残念、通行止め看板がありません、
実は後方には関西電力の車両が駐車しており、横の関電道を使って鉄塔に向っているのかも、
Dscn2489

2014年6月に撮影、通行止め看板がありますが二輪は頻繁に通行していたようです、
20140626_dscn3574

天川村側に到着、トンネルに入ってすぐの所にあった資材置き場は無くなり、四輪も通行できるように、通行時に3羽の蝙蝠が慌ててトンネルから出て行きましたが、また戻って行きました、
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以前はこの資材置き場がありましたので車は通行不可でした、二輪は............(゚ε゚)
20140626_dscn3579

天川村側は特に変化も無く植林帯の中を降りるだけ、旧小南峠からの古道がどこに降りるのか探しましたが不明状態、古道跡はそれなりに残っていると思いますので今度峠から歩いて探してみたいと思います、
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11:02、狭路区間終了場所に到着、天川村側は平和な状態がずっと続いております、(´Д`)
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たまたま奈良県道路規制情報サービスを見ていましたら、規制にいつもあった県道48号線小南トンネルの項目がなく、いつの間にか復旧していたのね、と( ゚д゚)、
トンネル自体の復旧はかなり前に終わっていて、手前の路面のアスファルトの交換のため通行止めだったのかもしれません、費用の問題だろうか、( ゚д゚)
まぁ、これで大手を振って通行できるので、二輪はこそこそする必要が無くなりましたです、(;´Д`)

2017年7月29日 (土)

奈良県道48号線、地蔵峠旧道を走行してみる、

下記が走行ルートになります。
総距離:2.68km
合計時間:16分13秒
平均速度:12.64km/時
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2017/7/27、6:37、奈良県道48号線、地蔵トンネル北側から地蔵峠旧道を走行してみます、
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旧道といっても鳥住地区の集落があるのできちんと管理維持されていて、黒滝村のコミュニティバスも走行しています、
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家屋の中に保管されていましたが、とうとう処分されるのだろうか、これのクーペモデルが学生時代に欲しかったですね、FRのセリカがサファリラリーで活躍していた頃、
トヨタ=ラリー=オベ、アンダーソン、という図式が頭の中で成り立っている私、(´Д`)
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6:46、地蔵峠に到着、
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地蔵堂がありますが、「地元では日本三峠地蔵の一つといわれている」、というのがなかなかです、
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地蔵の水、給水するのに適しているような、反対側にハイキングコースもありますので、
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地蔵堂横からハイキングコースが、これを利用して堂髑山(P721.8、三等三角点、高塚1)まで行けるのですが、
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日当たりが悪いせいか、室内はちょいとぬるぬるしてます、(´・ω・`)
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地蔵峠からすぐの所、鳳凰寺、百貝岳方面との分岐地点、
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6:55、地蔵トンネル南側に到着、
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昔の地蔵峠は現在の車道の地蔵峠より南側の尾根を削った所にあったのではないか、と勝手に思ってるのですが、どうでしょうか、
ここの旧道は鳥住地区の集落があるのできちんとした状態なので、あまり面白がって走行する道ではないのですが、峠好きとしましては立ち寄ってしまうのです、( ´∀`)、
日当たりがあまり良くないせいか地蔵峠の休憩所の椅子等ががぬるぬるしてるのがちょっと残念、(^-^;)、ラーツーするのに余り支障はないですけど、
せっかくなので鳳凰寺まで行けばよかったような、(;´Д`)、三角点、鳥住も、

2017年6月29日 (木)

浜工業公園から岸和田、岸見橋、三角点探訪(90)、番外編、+紀州街道

下記が三角点探訪ルートになります。
総距離:3.87km
合計時間:1時間19分22秒
平均速度:4.59km/時
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2017/6/28、13:46、岸和田市地蔵浜町にある浜工業公園の駐車場にバイクを駐輪して岸和田城にある三角点、岸和田に向かいます、奥に見えるは阪神高速四号湾岸線、
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隣の臨海線(湾岸線下の府道29号線)を走ってきてたま~に立寄って一息入れてぷらぷらするのですが、園内はなかなか広く、色々な設備も多いです、
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14:01、浜工業公園を出て東側に進み紀州街道へ、この辺りは整備がされていて町並みもそれなりに昔風で、古色が残っている処、
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一里塚跡、
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地図によると岸和田城は左方向、何故か右方向へ進んでしまい、後で思えば葛城街道との起点から向かえばよかったです、(´・ω・`)
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14:11、岸和田城への入口前にある二の丸公園、
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入口から岸和田城(HPはこちら)へ、天守閣は入場料が300円(中学生以下は無料)必要になります、開場時間は10:00~17:00(入場は16:00まで)、
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こじんまりとして前の庭園(八陣の庭)と相まって美観十分ですね、
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14:14、三角点、岸和田のある場所に到着、
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三角点の上にはでっかいコンクリ製の蓋が、これがまた重くて大変、(´Д`)
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P13.6、二等三角点、岸和田、標高がえらく低い感じがしますが、ミミズ君が一杯です、
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せっかくなのでもう少し紀州街道を歩いて、蛸地蔵天性寺に向かってみます、
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14:34、蛸地蔵天性寺入口に到着、
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蛸地蔵天性寺、(詳細はこちら
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14:47、ついでと言ってはなんですが、紀州街道を南に進み貝塚市に入り三角点、岸見橋へ、隣の川は津田川、
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P4.2、四等三角点、岸見橋、幸いなことにここだけ植木がなくすぐに発見、
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往路を戻るのもなんなので浜工業公園を南側から歩いて駐車場に戻ることに、この辺りは岸和田市と貝塚市のほぼ境界、
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14:55、本日は平日なのでこんなもんですが、休日ともなると家族連れで賑やかなのは他の公園同様ではないかと、
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15:05、駐車場に戻って探訪(ほぼ散歩)終了です、ここの駐車場って業務中に一息入れるドライバー諸氏が何気に多いです、(・∀・)
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翌日の天気予報が雨の為ちょいと散歩がてら岸和田城に久々に来てみたのですが、岸和田城ってこじんまりとして綺麗なお城で好きですね、
ただ未だに天守閣に登ったことがないのがあれなんですが、(;´Д`)
岸和田市の紀州街道は整備はされているのですが(これも観光資産ですし)、これも自治体の意向が露骨に出て、古街道の整備なんぞどうでもええわ、という自治体では雰囲気すら残っていないのが実情で仕方がないのでしょうが、

2017年4月22日 (土)

千早赤阪村中津原地区から千早古道_肩衝山_千早洞<その2>

肩衝山、千早洞周辺のルートになります。
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10:34、千早洞横から上を通過している村界ルートに向かえないかと周りを伺いますと、踏み上がっている所が、
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登りますとテープが数箇所、向かいますと、
Dscn0054

旧府道214号線、千早洞が出来る前に歩かれていた破線道(古道)に到着、道跡は残っているのですが、通行者がないため荒れるに任せて倒木等が酷い状態、それでも古道横を歩いている跡が、
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10:41、村界ルートに到着、見覚えのある黄色の保安林看板が(看板上に小さく「古道→」のテープ)、前回は気づかなかったのですが、向こう側に古道が続いているので(倒木等が酷いですが)辻になっています、
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辻を右にしばらく進むとNTT西日本の千早無線中継所、案内板にルートが手書きされています、
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10:47、千早古道に戻ります、
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10:52、千早小学校へ向かうルートとの分岐地点に到着、こちらは現行の山と高原地図に記載があるルート、
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こちらのルートもそれなりに歩かれているようでしっかりです。
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前回上に向かう杣道を登って上の林道に出て肩衝山に向かいましたが(ガーミンに地形図のカスタムマップを入れていなかったため微妙な位置がわからず断念)、分岐地点の看板に「肩衝山15分」の記載のあるルートはたぶんこのルートを示しているのかも、
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多少は倒木等も、
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11:08、林道に合流、手持ちの2012年度版山と高原地図にはP508地点手前までは破線道の記載(微妙に昔の破線道位置と違っているような)、いつのまにか林道整備、これ以降は堆積物が多いとは言え舗装林道を歩くことになりますが(結果的に出発地点までほぼ舗装路)、いささかウンザリします、(´Д`)
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11:33、地図上のルートは直進ですが、しばらく進むとブッシュが酷く廃道状態、左の舗装林道をそのまま進みます、
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GPSを見つつ車道を進みますが、前方の建物は外から見る限り絵画のギャラリーのようで(途中にある案内板ではファッションギャラリー&チャイテラス樹々)、営業時間がお昼2時間程度となってました、
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11:49、食事処山燈花(HPはこちら)の石楠花園、案内板によると200種類あるようでなかなか綺麗です、
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途中ショートカットできそうな怪しげな小道を使って南河内グリーンロードに、車道に降りてすぐの所でラーツーの予定でしたが、
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12:12、出発地点に戻って山行終了、後半は舗装路ばかりのためかいささか(´・ω・`)、
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12:35、南河内グリーンロード横にある休憩所(たぶん)にてラーツーするつもりが、
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バーナーがEpigas専用というのをすっかり忘れていて取り付けできません、orz、つまり前回も鍋を忘れていなくても出来なかったわけで、(ノ∀`)
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昨年12/8の千早大橋バス停からの村界ルートによる山行の際、千早古道も歩いてみたいと考えておりましたので今回やって来たわけですが、帰路の古道のほとんどが林道化しているのはちょいと残念です、(´・ω・`)
千早古道の案内板は千早小学校の生徒さんが作成しているようなので、学校行事の一環で歩くことがあるのやもしれません、
肩衝山はピーク地点が二ヶ所あるのでたぶんどちらかが該当するのでしょうが、林道建設でいささか山の状態が変わっているのでこれまたなんとも、
しかし、ガスカートリッジを間違えるとは、(ノ∀`)、たしか20年近く前にバーナーをEpigasに交換した際同じように間違えて持って行って(どこの山か失念です)山で湯が沸かせずに困ったことがあったような、(゚Д゚)
まぁ、ええかげんなもんです、荷物を引っ張り出して昔のバーナーを探さねば、(゚Д゚)、

千早赤阪村中津原地区から千早古道_肩衝山_千早洞<その1>

下記が山行ルートになります。
総距離:9.51km
合計時間:3時間25分07秒
平均速度:4.50km/時
Chihayakodou01

1993年発行のエアリアマップ(金剛山・岩湧山)、現行の地図には千早古道の記載がありませんが、現在は新たに出来た車道があるためちょっと判り難いです。
Dscn0096

2017/4/20、8:50、中津原隧道横から南側に上った所から山行開始です。
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古道をしばらく進んだ所の破線道の分岐地点、左側に進みます。
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古道はよく歩かれているようで、整備されている所も、
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9:10、破線道の分岐地点、案内板によると左は中津原方面(中津原隧道北側)へのルートのようです。
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9:16、案内板によると右方向は「道なし(西恩寺)」となっていますが、地形図の破線道のようでルートがあるのかも、
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進めば進む程、多少道の状態は荒っぽくなっていきまして、
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周りを熊笹が覆うような所もそれなりに続きます、
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9:33、破線道との分岐地点、赤テープが張られているので右方向は南側の府道214号線へのルートのようです、
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9:44、林道との分岐地点、最初何も考えずに左方向の林道に進んだものの間違いに気づき戻ったのですが、林道を進んでも肩衝山の取り付き地点に行けたかもしれません、
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昨年12/8に肩衝山目指してこの辺りまで来たような、
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9:51、前回、肩衝山へ向かった取り付き地点、再度ここから向かってみます、
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踏み上がって進みますと、杣道に合流、
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破線道と合流して取り合えず前回の達したピーク地点まで進みます、
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ピーク地点から北側に見ますと左側に先ほど歩いた林道(たぶん)、正面に肩衝山(たぶん)が見えます、
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10:01、肩衝山頂上(たぶん)に到着、測量杭があるだけで山名板はありません、
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10:11、往路の杣道をそのまま戻りますと、千早小学校方面へ向かうルートの分岐地点に、
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旧府道214号線に向かいます、
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10:24、旧府道214号線に到着、正面方向の千早洞に向かいます。
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千早洞へ向かいますが旧府道214号線は倒木があっちこっちに酷い状態、通行者を考慮する必要がないため荒れるに任せているようです。
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10:33、千早洞に到着、荒れるに任せてほったらかしなのは、なんとなく勿体無いように感じますが、
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その2に続きます。

2017年4月 1日 (土)

近鉄瓢箪山駅から鳴川峠_鳴川_庄当、三角点探訪(72)<その1>

下記が古道散策、三角点探訪ルートになります。
総距離:10.82km
合計時間:3時間27分18秒
平均速度:4.50km/時
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Narukawa01

2017/3/30、8:08、近鉄瓢箪山駅から古道散策、三角点探訪、ちょうど朝の出勤時間帯なので駅は人だらけ、なるべく人が入らないようにどさくさまぎれに撮影してます、(*´-`)
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若江岩田南側の河内街道からの鳴川越街道の市街地の所は、昔の名残で結構くねくねしている所が多く、昔の名残が其処かしこです。
Dscn9655

鳴川峠越街道も他の古道同様に現在はハイキング道として利用されています。
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8:40、上四条町第二公園横(左側は瓢箪山道場)から山道に、
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8:46、らくらく登山道との最初の分岐地点、以前は右側のセンターハウス手前に駐輪してここから歩いたのですが、
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奥之院参籠所、雰囲気が変わってきます、
Dscn9670

Dscn9672

8:58、いしだたみの道との分岐地点、
Dscn9673

ぼーっと歩いていて気づきませんでしたが、鎖場も、
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9:07、次のらくらく登山道との分岐地点、ここから鳴川峠は登ってすぐの所、
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9:10、鳴川峠に到着、信貴山生駒スカイラインとの落差がありますが、昔の峠はもっと上の方だったのだろうか、、
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千光寺に向かうのが古道ですが、三角点に向かうつもりでありますので縦走路を南に歩きます。
Dscn9684

途中ちょいと気になった分岐地点(十三峠まで1.5km、鳴川峠から0.7km)、赤テープが張られていて踏後がそこそこ、テープが続いていてひょっとしたら西側にあるらくらく登山道に向かうルートがあるのか、ないのか、(゚ε゚)
Dscn9687

縦走路から下に降りて(夫婦岩、下る↓、のテープの所から)、信貴山生駒スカイラインを越えて東側の古道へ向かいますが(トラロープ有り)、スカイラインが出来る前は直接縦走路に接続していたと思われます。
Dscn9691

古道に入ってすぐの所に三角点、鳴川峠へ向かう分岐地点、
Dscn9693

9:36、三角点、鳴川峠のあるピークに到着、
Dscn9695

P456.6、四等三角点、鳴川峠、
Dscn9697

古道は現在は関電道として利用されており、分岐地点がえらく多いです、
Dscn9699

唯一眺望のよかった所が鉄塔横というのも、(´Д`)
Dscn9704

その2に続きます。

2017年2月25日 (土)

和泉市国分町の猿谷池_仏並東、三角点探訪(64)

下記が三角点探訪ルートになります。
総距離:0.59km
合計時間:12分26秒
平均速度:5.70km/時
Sarutaniike

2017/2/23、11:56、旧R170の国分峠西側の昔の父鬼街道を進んで三角点に向かいます。
分岐手前は父鬼街道と大津街道との重複区間、
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旧国分峠手前の猿谷池へ、
Dscn8964

12:00、猿谷池横に到着、出発してすぐの所、
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P122.1、四等三角点、猿谷池、保護石がしっかり、
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12:04、道標の手前地点が昔の国分峠になります。、
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右ま紀のを、左大三ね山(嘉永六年)、
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道標があるぐらいなので昔から民家があったと思うのですが、それとも普通に山だったののだろうか、
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12:10、旧R170に到着、次の三角点、仏並東に向かいます。
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12:15、P122.4、四等三角点、仏並東、があるであろう地点に到着、三角点標柱があるので土砂の下に埋もれていると思われます。
土砂を取り除いて撮影も考えましたが、なにせ隣は車両が多く通行するR170外環状線、左側には工事現場があって警備員氏がいるので、ごそごそやってる姿はたぶん不審者にしか見えませんので、自重、(´・c_・`)
Dscn8976

予想より早く雨が上ったので、最近バイクを走らせてないなぁ、エンジンに火を入れてちょいと道の駅に昼飯食べに行くか、と出かけるついでに三角点探訪してみたものです。
探訪というよりちょっと三角点に立寄った、といった所ですけど、( ゚д゚)
仏並東については平地にあるということでどうだろう、と思ってたのですが土砂の下という見事なオチがありました、(-_-;)

2017年2月 9日 (木)

南海三日市町駅から清美_鬼住_北青葉_三角点探訪(62)_+高野街道を少し

下記が三角点探訪(一部探訪、ほとんど散歩)ルートになります。
総距離:8.50km
合計時間:2時間36分33秒
平均速度:4.45km/時
Onisumi01

Onisumi02

2017/2/8、12:50、南海三日市町駅から三角点探訪、ぐるっと一回りして三角点、三ヶ所を廻ってみます。
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13:13、清見台を歩いて三角点のあるピーク地点下の清見台第一公園横から三角点、清美に向かいます。
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13:16、三角点、清美のある広場に到着、隣の施設は東部第三配水池、この辺りのピーク地点はもう少し先の所になります。
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P230.8、四等三角点、清美、
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三角点、鬼住に向かいますが、右側の三角点のある尾根が造成地から残されたようで、
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階段を登って登山道取り付きへ、
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14:07、尾根の登山道取付き地点、踏後が残っており結構歩かれているようです。
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尾根道が綺麗に残っています。
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14:10、尾根道から少し登った所の三角点、鬼住のあるピークに到着、美加の台が造成される前、この丘陵地のピーク地点だと思いますが山名はなかったのでしょうかね、
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P255.1、三等三角点、鬼住、
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古~い三角点名板が、
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北西側に尾根道が続いていたので向かってみることに、
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14:21、フェンスが有って行き止まり、造成地となる前は登山道が続いていたと思いますが、
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南側のすぐ近くの車道に下りる道がどこかにあるのではないかと思いますが、ちょうど北側の車道に下り易そうな斜面があるのでここから下りることに、
普通はこんな所から下りないわけですが、(´Д`)、タイミング良く下りている途中に下の車道に近隣住人の方と思しき方が通行、不思議そうにこちらを見てまして、(´・ω・`)、なんでいつもこうなるのだろうか、(;´Д`)
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三角点、北青葉に向かう途中、R371の旧道とバイパスとの分岐地点近くですが、バイパス建設の際、高野街道をそのまま残している所があります。
なかなか面白いのですが、高野街道というのは関係なく、遥か昔からの生活用道路なので当然の処置なのかもしれません。
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最後に三角点、北青葉に向かいますが、お墓の上のガードレール下にあるようです。
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14:58、P166.9、四等三角点、北青葉、市街地の三角点は概してこのような所にあるようで、
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北青葉の横から三角点、清美と鬼住のあるピーク地点が見えます。
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手前は鬼住のある尾根、後方は金剛山、
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15:17、R371から高野街道(右側)を歩いて三日市町駅に、
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三日市町駅前のバスターミナルで一部高野街道は消失してます。
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15:28、南海三日市町駅に到着、探訪終了です。
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南海三日市町駅からぐるっと一回りして三角点を巡ってみましたが、いつものごとく散歩のような感じです。
清見台、美加の台、造成地となる前の丘陵地の頃はピーク地点に登山道があちこちから通じていたのであろう、感じがしますね。