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街道・古道

2017年12月 9日 (土)

近鉄恩智駅から恩智越信貴山道_南畑_大門ダム<その2>

下記が大門ダムへの散策ルートになります。
総距離:1.12km
合計時間:17分47秒
平均速度:4.45km/時
20171207_02

昔の古道の面影はなく、のどか村の建設に伴いほぼ直線化されたようで、この先車道が東方向に向ってから黒谷道との分岐地点がどこかに(丁石のある場所までに)あったと思われます、
Dscn5071

10:00、丁石があります、二十五丁信貴山、この手前ぐらいで黒谷道が合流してたのではないかと思いますが、信貴生駒スカイラインの建設等で相当変わったと思いますので地形図を見てもイメージし辛いです、
Dscn5073

10:01、途中にある道標(其、五丁信貴山、寛政十二年三月吉日)、常夜燈、
Dscn5075

10:07、さらに進むとまた道標、
Dscn5079

左、信貴山、妙に道標が多いです、北側にも細い山沿いの道がありますがそちらも分岐した信貴山道だったのかも、
Dscn5080

朽ちた小さな祠が残っています、
Dscn5082a

10:13、信貴山観光ホテルって団体客が多いホテルなんですが、左側にあるカバーが掛かっている二輪はなんだろうか、と気になります、(゚ε゚)、後輪がパンクしてるんですが、
Dscn5083

古道から正面に信貴山、
Dscn5085

10:18、下回りの古道を廻って一部駐車場化している所を通過して鳥居の前に到着、
Dscn5088a

今回は朝護孫子寺、信貴山が目的でないので寅さんの前で戻ります、
Dscn5091

10:22、信貴山観光iセンター(HPはこちら、一番下に詳細が)にてダムカードを入手、逆光が凄いのでこのような撮影になっています、
Dscn5093

10:26、信貴大橋バス停に到着、取り合えず古道歩きの山行は終了、大門ダムに向います、
Dscn5094

10:30、大門ダム公園入口から入場、逆光がつらい、(´ε`;)、今日のような日はもっと眺望の良い山域に行くべきだったような、入口左側に竜田越奈良街道に向かう古道(現在はハイキング道)の起点があります、
Dscn5096

10:32、大門ダムに到着、右側に管理事務所(無人)があります、
Dscn5099

ダム上から見る信貴大橋、ここから見るのが一番立派に見えるような、
Dscn5103

この後一番奥の花壇のある所まで向ってみました、
Dscn5109

この後信貴大橋バス停に戻ってダム探訪終了です、うまくバスのダイヤに間に合いましたので今回はバスにてJR王寺駅まで、
Dscn5108

信貴大橋バス停横にある大門ダムの概要説明板、
Dscn5115

ダムカードを入手、これでやっと8枚目、年内行けるダムは狭山ダムぐらいです、やはり二桁は、(´・ω・`)、
Dscn5116

Dscn5117

大門ダムに向うために組んだ山行というのは丸判りでして、(;´Д`)、バイクで向えば簡単なんですが、わざわざ大阪側から山越えで向うというへそ曲がり全開です、
で、肝心のダムカードの入手なんですが、大門ダムは無人につき奈良県郡山土木事務所にて基本的に配布、となっているのをそれも不便でしょうから、と信貴山観光iセンターというおみやげ店(飲食も可)でも配布、土木事務所(JR大和小泉駅が近い駅ですが駅からえらい遠いので)まで行くのもめんどくさいのでここで入手したわけです、
「大門ダムのダムカードを頂けますか」と受付で尋ねますと、
「はい、はい、これですよ、(゚∀゚)」とまぁ、にっこり渡されますと、う~ん、それだけではなんとなく帰れないわけで、お土産品を物色して特産品を購入したわけです、
信貴山観光iセンターでも配布するのはやはりこういうのも想定してるのでしょうかね、(´Д`)
ちょいとやられたなぁ、という感がしないでもないです、(´ε`;)、焼ねぎ地味噌はなかなか美味しかったですけど、

近鉄恩智駅から恩智越信貴山道_南畑_大門ダム<その1>

下記が山行ルートになります。
総距離:7.25km
合計時間:2時間19分51秒
平均速度:4.52km/時
20171207_01

2017/12/07、8:06、近鉄大阪線恩智駅から山行開始、恩智駅南側の恩智街道、信貴山道等の古道を歩いて大門ダムに向います、恩智街道はJR八尾駅北側が起点になります、
Dscn5010

8:20、恩智街道を歩いて東高野街道(旧R170)に到着、ここから先は恩智越信貴山道に入っていきます、正面に恩智神社の鳥居、右側のガードレール奥に道標が二つあります、
Dscn5014

右「東、信貴山、西、大坂、南、高野山、北、平岡京」、真ん中「左、右、東高野街道、右、恩智街道八尾停車場、左、ひょうたん山四条畷」、左側は東高野街道と恩智街道の説明板です、
Dscn5016

古道らしく古い民家が多いです、
Dscn5022

恩智神社に向う途中にも道標、左側の自然石を利用した道標は文字が摩滅して、左しか読めません、
Dscn5024

恩智神社(HPはこちら)に向ってみます、
Dscn5026

8:35、恩智神社に到着、平成の改修で綺麗になってます、
Dscn5028

Dscn5030

恩智神社を出て古道に戻ると直ぐに南側の信貴山道への分岐地点に、古道横に池があるため釣り人の車がいつも駐車してます、
Dscn5032

イノブタ注意の看板から山道に入ります、地形図では実線道、道は幅広で一見車両が通行出来そうですがグラベル、段差、階段、荒れたコンクリ、様々な状態の道です、
Dscn5034

8:48、高安山への分岐地点、一度はこのルートを歩こうと思っておるのですが、以前黒谷道を歩いた時、途中恩智方面への分岐地点があったはずでその地点に向かうはず、
Dscn5036

Dscn5045

9:17、おおさか環状自然歩道との分岐地点、右方向は畑大池(1.8km)、JR高井田駅(6.5km)方面、途中に南側の信貴山道との分岐も、直進してすぐに左側に高安山方面への分岐があります、
Dscn5046

高安山霊園が造られる際、恩智越信貴山道はそのまま残りましたが、逆に北側の信貴山公園墓地、信貴生駒スカイラインが造られる際、黒谷道は..............(´・ω・`)
Dscn5050

9:32、竜田越奈良街道に向う信貴山道(直進)との分岐地点、信貴山のどか村の建設の為か昔の古道の面影はありません、右方向は林道信貴太平寺線、
Dscn5053

角にお堂、道標、お地蔵様が残っています、左、信貴山、明治○二年十一月、コンクリで補修してますが破損して一部読めません、
Dscn5056

少し寄り道、車道から古道に進んで途中から三角点、南畑に向います、実際には左側ののどか村の臨時駐車場奥に小道があってそこから向った方が簡単です、
Dscn5060

小道に気付かず古道に進んで斜面を攀じ登る必要はなかったです、(´・ω・`)
Dscn5061

9:43、三角点、南畑の設置場所に到着、鉄塔と鉄塔の間に設置されてます、
Dscn5063

P362.5、四等三角点、南畑、どなたかの藪払いのお陰で簡単に発見できました、(・∀・)
Dscn5064

9:51、分岐地点に戻って信貴山道を歩きます、
Dscn5070

その2に続きます。

2017年9月16日 (土)

林道辻堂山線から株ノ谷、桃ノ木峠、三角点探訪(117)、昔の東熊野街道

下記が三角点探訪ルートになります。
総距離:3.25km
合計時間:1時間18分45秒
平均速度:3.21km/時
20170914_03

2017/9/14、9:23、林道辻堂山線から三角点、株ノ谷、桃ノ木峠に向います、たまたま入山し易い所が見つかりましたです、(・∀・)
Dscn3562

尾根に入ると古道(昔の東熊野街道)が綺麗な状態で残っており、林業関係者だけでなく古道好きの登山者がそれなりに歩いているようです、
Dscn3563

三角点はピーク地点から少し外れた所のようで、古い測量柱の所からちょっとブッシュを掻き分け向います、
Dscn3567

9:36、三角点、株ノ谷の設置場所に到着、
Dscn3570

P900.4、四等三角点、株ノ谷、四箇所の保護石がしっかり綺麗な状態です、しかし何故ピーク地点から外れた所に設置するのか、
Dscn3572

古道は北側にも続いていますが林道建設で消失している所も、
Dscn3573

9:46、バイクの駐輪場所に戻りましたがこのまま古道を下ることに、
Dscn3575

綺麗な状態は続いていきます、
Dscn3576

9:49、林道のヘアピンカーブ地点に到着、カーブミラーの所から再び古道に、
Dscn3578

林道南側も古道は綺麗な状態を保っています、
Dscn3580

9:52、祠、道標設置地点に到着、
Dscn3582

右、にしの村、左、○合、にしのって今の西原地区のことでしょうか、
Dscn3583

歩いている登山者は相当いるような感じがしますが、
Dscn3586

そうは言っても多少は............それでも踏後はしっかり迷うことはないです、
Dscn3587

10:11、三角点、桃ノ木峠の設置場所に到着、
Dscn3591

P873.2、三等三角点、桃ノ木峠、ここはピーク地点ですが桃ノ木峠ってどこを指しているのか、
Dscn3592

当たり前のごとく、いつもの三角点名板が、他にはサークルK氏も、
Dscn3595

10:39、往路を戻って林道に、今度は林道からバイクの駐輪位置へ戻ります、木の階段はさすがにガタガタで危ないです、
Dscn3600

10:42、バイクの駐輪位置に戻って探訪終了です、やはりこの場所しかバイクを駐輪して入山する所はなかったです、車の場合は先ほどの材木運搬車が通行した場合に支障が出るかもしれません、
Dscn3602

走行中、株ノ谷への探訪は点の記の取り付き地点が不明瞭、法面がコンクリートにつき諦めていたのですが、走行中ここしかないわ、と即座に判断、珍しく当たりました、(・∀・)
本当は桃ノ木峠の先、カルモ谷にも向いたかったのですが、時間的にちょいときつく、一ノ谷に向わなければ訪れたのですが、欲張りすぎると変なことになりかねないのでこれぐらいがちょうどいいかもしれません、

2017年9月 8日 (金)

JR信太山駅から放光池公園、信田山、三角点探訪(116)、+熊野街道

下記が三角点探訪(いつもの散歩)ルートになります。
総距離:4.50km
合計時間:1時間45分48秒
平均速度:4.50km/時
20170907_01

2017/9/7、7:35、JR阪和線、信太山駅から三角点探訪(いつもの散歩)、出勤時間帯につき人の流れが絶えないので、乗客を写さないようにするのにちょいと粘りました、
Dscn3428

しばらく進むと途中立寄った聖神社への参詣道を示す道標が、東側には熊野街道がありますし、
Dscn3432

途中にある伯大神社、

Dscn3436

7:54、住宅街の小道を通って放光池一号公園の入口に、すぐそばの石燈篭前に三角点、放光池公園があります、
Dscn3440

P29.3、四等三角点、放光池公園、少し落ち葉の除去作業を、
Dscn3443

石燈篭については、小栗街道(熊野街道)の伯太北出口、放光池の堤防、道の西側にあったもので、云々と説明、約三百年前のもの、というのがやはり年代物であります、
Dscn3445

熊野街道をしばらく進むと、平松王子跡の前に、王子に関してはwikiに詳細が、
Dscn3446

Dscn3449

和泉市の案内板、せっかくの有名な古道なのに案内板の設置すらせずほったらかしの自治体もあるのですが、
Dscn3451

小栗判官の笠かけ松、照手姫の腰かけ石、
Dscn3454

Dscn3455

この案内板横に大鳥居があります、式内聖神社、
Dscn3460a

地形図にある聖神社、立寄ってみます、
Dscn3462

8:23、聖神社、拝殿前、立替工事をした模様、
Dscn3464

Dscn3466

二等三角点、信田山に向って鶴山台へ、信太山ではなく信田山なんですな、なんでだろう、
Dscn3469

8:39、P48.7、二等三角点、信田山の場所に到着、点の記をダウンロードしてスマホに入れて、要図を確認、現地にてしつこく探しましたが見つかりません、たぶん、地中に埋設されていると思われます、団地内だし、柱石長が0.79mなので上部を鉄板等で保護しているものと思っておったのですが、選点が昭和52年というのも意外な感じがします、
Dscn3470

9:11、団地内をトコトコ歩いて北信太駅方面に向うと熊野街道との辻に、
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熊野街道側から信太小学校内にある三角点、信太小学校が見えるかどうか確認、
Dscn3478

9:15小学校内の駐車場横にあるのですが、ここからも三角点は見えません、逆にこちらは不審者に見えます、(;´Д`)
Dscn3480

9:24、JR北信太駅に到着、探訪(お散歩)終了です、
Dscn3484

午後から天気が崩れるということで午前中に少し歩いてみるかと三角点を繋いで、熊野街道を少し歩いてみたのですが、早朝にも関わらず湿度も高く暑かったです、山じゃないので当たり前と言えば当たり前なんですが、(´Д`)
鶴山台の造成地は昔は丘陵地だったのでしょうが、選点された昭和52年には既に造成されていたと思いますので、今までの探訪ではなかったパターンのような、
熊野街道の案内板設置については和泉市はまだましな方で、これほど有名な古道なのに自治体によってはほったらかし、というか場所によっては荒れちゃってる所もあるぐらいなので和泉市はよく対処している方だと思います、
そうは言っても既に消失している所もあるわけなんですが、

2017年9月 2日 (土)

奈良県道732号線から旧富貴街道、太谷、防城峯、

下記が走行ルートになります。
総距離:7.93km
合計時間:1時間28分55秒
平均速度:12.00km/時
20170831_01

20170831_02
(注)GPSロガーは防城峯にて停止させていますが、バイクの駐輪位置からの山行は防城峯、P752地点まで歩いています、

2017/8/31、6:20、奈良県道732号線から旧富貴街道を利用して大深町を経由し途中、三角点、太谷に立寄って防城峯に向かいます、
Dscn3201

出発地点からすぐの所にある石柱、3年前は左方向の太谷川沿いの林道等を走行して大深町に向かいましたが、今回は古道を利用することに、
Dscn3202

Dscn3204

古道の周りは現在は柿畑、途中農家の方が作業されていたので会釈したのですが、なんでこんな狭い道を通るの?、といった感じを受けました、(´Д`)、そりゃそうだわ、
Dscn3209

6:36、県道からの車道との分岐地点に到着、
Dscn3212

6:39、破線道との分岐地点に、たぶん古道は右方向の破線道で三角点、太谷の西側を通っていたのではないかな、と思っておるのですが、
Dscn3214

周り一面柿畑の車道から見える金剛山の眺望、眺めは大変良いです、(・∀・)
Dscn3218

6:50、三角点、大谷への取付き地点に到着、実際にはもう少し先の方が入山し易いです、
Dscn3224

尾根に攀じ登ってリボンを目印に進みますと、
Dscn3225

6:53、P470.5、四等三角点、大谷の場所に到着、綺麗な状態を保っています、
Dscn3229

7:01、大深町に向う破線道との分岐地点、実際には舗装路に変わっています、
Dscn3234

Dscn3238

大深町の分岐地点手前にある石柱、
Dscn3240

7:09、大深町の分岐地点に到着(昔の大深茶屋垣内かも)、県道732号線に向うには右方向に降りていきますが激↓です(ガードレールに「←フキ方面」の文字有り)、バイクの先左側に祠が、その先に大谷川沿いの林道からのルートとの分岐があります、
Dscn3243

この先は舗装路と未舗装路の混合車道となります、
Dscn3248

阪合部神社手前の分岐地点、旧富貴街道はこの分岐を右に降りて富貴方面に向っていたのではないかと思ってます(現在の奈良と和歌山の県境の所)、そうすると渓谷のエリアを回避できるので、防城峯経由のルートもあったかもしれませんが、
Dscn3251

奈良と和歌山の県境の沢横に上記の破線道(旧富貴街道)は続いていたと思いますが、画像左側には祠が有ります、
Dscn3310

7:23、阪合部神社に立寄って山行の安全祈願のお参り、何回するのやら、(´Д`)
Dscn3255

7:27、3年前はなかったと思うのですが、山上駐車場ができています、阪合部山林自治体の管理地とのこと、一般の登山者も駐車していいのではないかと思いますが、
Dscn3258

7:32、立入禁止看板がある為これ以上の進入は止めてここから防城峯、P752に向うことに、
三年前はもっと手前地点に駐輪しまして、右方向の林道もこんなに砂利が敷き詰めていなかったですが、「坊城→」の案内板もどこへやら、(坊城=点名)
Dscn3260

2014年8月に撮影、上記の場所になりますがかなり雰囲気が変わってます、
20140821_dscn4120

旧富貴街道についてはこちらのHPに記載がありまして(交通の欄)、「富貴街道は火打県境のビワノコの渓谷を避けて火打より南に尾根伝いに登り大深茶屋垣内(茶屋垣内は往時道行く人の休息場所でもあった。)を通り西富貴に至る主要道路で地区内を流れる吉野川と共に文化流通の主流となっていた。」と記載されてまして、東ノ川、渓谷沿いにも古道はあったんでしょうが、資材の運搬等の交易には向いていなかったのでこちらの山ルートが使われていたのでしょうね、特に安全面で、
まぁ、完全に古道跡を走行したわけではないですが、こればっかりは仕方がないですね、

2017年8月20日 (日)

宇陀市、林道石割線、伊勢本街道を明開寺まで走行してみる、

下記が走行ルートになります。
総距離:2.26km
合計時間:19分29秒
平均速度:8.68km/時
20170817_04

1994年発行のエアリアマップ、赤目・倶留尊高原(現在は廃版)、このエアリアマップは地図全体に渡って林道の記載が多くて目移りします、(・∀・)
Dscn2987

2017/8/17、9:32、血原橋バス停横から出発します、(宇陀市営 有償バス)
Dscn2938

かつて伊勢に向う多くの旅人が通った頃とそんなに変わらない風景だと思いますが、
Dscn2941

ガードレールは............
Dscn2943

車道右側が石割谷、
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9:42、伊勢本街道との分岐地点、伊勢街道は直進、案内板には初瀬と記載されています、ここから初瀬ってえらい遠いですけど、(^_^;)
Dscn2946

明開寺に向うにちょいと行き過ぎました、
Dscn2949

ここから明開寺に、
Dscn2950

雰囲気のある碑石だなぁ、と進みますが、
Dscn2951

9:49、門を潜って入りますとこの状態、お墓はあるのですが、なんとなく拍子抜け、( ゚д゚)
Dscn2952

9:52、取り合えず三郎ヶ岳への登山道の確認をしておきます、
Dscn2955

林道を走行してますとよく彼らに遭遇するのですが、何故かいつも車道のど真ん中でじーーーっとしているのですね、ゆっくり走行してますと轢く可能性はほぼ無いですが車に轢かれてぺったんこになった亡骸も良く見るし、ひょっとして獲物を見つけていたのだろうか、
Dscn2958

明開寺から出てきますと隣の民家の住人と思しき方が買い物から帰って来られたので三郎ヶ岳への登山道を聞いてみますと、「ここからも登れるけど、バイクだったらこの先の車道を登っていって途中から歩けばいいと思うよ、大体1時間ぐらいだよ」とのことでたぶんエアリアマップの赤色の実線道のことをおっしゃっていたような気がします、
本当は明開寺から三郎ヶ岳へ山行するつもりだったのですが、牛が平山でのどたばたがあったので時間的にも今回は中止、いささかへばった状態でこれ以上登るのも難儀ですし、
時期を変えて歩くに適した季節にその先の高城山や伊勢本街道を絡めたルートを考えてもいいかもしれません、

宇陀市室生黒岩地区から鶴が平山、+伊勢本街道、

下記が山行ルートになります。
総距離:0.79km
合計時間:17分52秒
平均速度:3.60km/時
20170817_03

1994年発行のエアリアマップ、赤目・倶留尊高原(現在は廃版)、南側の牛が平山に対して北側の鶴が平山へ向ってみたのです、(・∀・)
Dscn2986

2017/8/17、8:33、奈良県道28号線と黒岩地区に向う伊勢本街道との分岐地点、伊勢本街道は画像後方方面になります、
Dscn2905

Dscn2908

黒岩地区の鶴が平山方面への林道を目指して伊勢本街道をトコトコ進みます、道はアスファルトに変わっても昔からの雰囲気は変わってないはず、途中にある不動滝を華麗にスルーしてます、(´Д`)
Dscn2909

途中にある道標、右、いせ
Dscn2934

8:52、黒岩地区の集落から林道を進んで取り付き地点を探しますが、エアリアマップにある破線道は不明なので、林道を進んでこの辺りの作業道からかなぁ、と入山、
Dscn2911

取り合えず作業道を進んで尾根に向います、
Dscn2912

尾根から鶴が平山方面に方角を合わせて進みますが、
Dscn2913

しばらく進むと分岐地点が、右方向が先ほど通過した作業道に向っているようで若干遠回りしてます、
Dscn2914

9:01、杣道をそのまま進んで鶴が平山頂上に到着、
Dscn2918

やはりここでも上田倖弘、宝来の鈴、両氏の三角点名板、最近このパターンが多いですわ、
Dscn2919

山名板もありますが、地図では「が」、サークルK氏の山名版では「ヶ」、どちらなのか、
Dscn2923

P687.7、三等三角点、鶴ガ平、基準点名では「ガ」、( ゚д゚)、三角点の真横に植林というのも珍しいというか、
Dscn2922

先ほどの分岐地点から戻ります、
Dscn2926

9:10、出発地点に戻って山行終了、たぶん林道からの最短ルートかも、
Dscn2928

牛が平山でのどたばたにめげず予定通り登ってきたのですが、未舗装部分に入ると、大丈夫かなぁ、とちょっと嫌な感じに、(´Д`)、こちらの林道の方が場所によっては状態が良くないぐらいでしたが注意して行けば大丈夫だわさ、と開き直って進んだんですが、林道を走行する方が難儀で山行の方が散歩みたいでなんか拍子抜けです、(´Д`)

2017年8月12日 (土)

吉野町、鹿路隧道南側から細峠、城ヶ峯、竜在峠、<その2>

竜在峠から鹿路隧道北側へ向います。
Dscn2734

7:42、しばらく進むと昔の茶屋跡に到着、すぐ横に道標、各方面の分岐地点で細峠へのルートもあるようです、ちなみにここから冬野1.9km、竜在峠0.3km、鹿路1.8km、細峠0.7km、滝畑1.9km、
Dscn2736

Dscn2738

読み方は、たふのみね(多武峰)、よしの、でいいのだろうか、
Dscn2740

鹿路隧道方面に下りていきます、
Dscn2744

しばらく進むと舗装路に変わりますが、昨日の雨で滑りやすいです、
Dscn2745

7:57、鹿路隧道北側に到着、
Dscn2749

今度は北側から細峠に向いますが、上の画像の民家があって車道が二車線なので、あまり桜井市側は旧道という感じがしません、
Dscn2751

桜井市側も舗装路が続きます、
Dscn2755

8:07、細峠→、の指示板を過ぎると登山道に、
Dscn2758

登山道に入ると細峠はすぐの所、
Dscn2759

8:12、細峠に到着、正面の吉野方面の指示板が気になりますが、たぶん南側の林道に通じているような気がしまして、そこまで歩くと林道を経由してバイクの駐輪位置まで戻るのが一苦労なのでここは自重します、
この前の龍門岳の件もありますので、冬場ならば歩くのも別にかまわんのですが、
Dscn2761

8:22、P725地点、ここも右方向にルートがありそうな、踏跡が見られます、
Dscn2763

8:25、分岐地点に到着、右に折れて降りていきます、
Dscn2765

8:29、破線道との分岐地点に到着、今度は破線道を進んでみます、
Dscn2767

最初は踏み歩かれた杣道という感じ、
Dscn2769

徐々に怪しくなっていきまして、
Dscn2770

とうとう踏跡もなくなり、やっちまったかなぁ、としばらく降りていきますと林道が見えてきまして、
Dscn2771

8:39、作業林道に到着、地形図の破線道が林道化したようです、
Dscn2774

Dscn2776

8:43、r37旧道に到着、入口はチェーンが張られていて車両は進入できません、
Dscn2777

8:45、出発地点に戻って山行は終了、それなりに面白かったですね、
Dscn2779

南側の破線道ルートと細峠の位置については勘違いが有りまして、前半ちょいとどたばた気味ですが、以前北側の隧道入口から細峠までちょいと歩いた際、細峠にある、「吉野方面」の指示板を見て南側はどういうルートなのかな、と思っていまして歩いてみたのです、
結局往路で歩いた道は尾根から三津地区へのルート(出発地点横に三津地区への車道有り)のようで、古道は古道でも吉野方面へのルートではないようです、となると林道もしくはその隣の破線道が吉野方面への古道なのだろうか、( ゚д゚)
まぁ、このエリアは尾根ルート、林道が多数あるので様々な歩き方ができるおもしろい山域ですね、(・∀・)

吉野町、鹿路隧道南側から細峠、城ヶ峯、竜在峠、<その1>

下記が山行ルートになります。
総距離:5.42km
合計時間:2時間20分00秒
平均速度:4.35km/時
20170810_01

2017/8/10、5:53、奈良県道37号線、新鹿路トンネルの吉野町側から旧道を走行、鹿路隧道南側に向います、
Dscn2668

6:26、鹿路隧道南側から破線道を利用して細峠に向います、
準備してましたら東側の三津地区の住民と思しき男性がワンコを連れて散歩されており、この道で細峠まで行けるか尋ねますと、「あぁ、行けるよ、古い道で昔は利用してたよ、ただし、その木の橋は危ないから渡らない方がいいけど」、とのことで、やはり古道であることが判明、
Dscn2681

木の橋は使わず渡って進みます、(´Д`)、確かにちょっと危ないかなと思っておりましたのでアドバイスは有り難いわけで、
Dscn2682

現在は杣道として利用されているようですが、いきなり破線道の位置から外れて上へと進みだし、地形図の破線道とは違うのかも、
Dscn2684

6:40、このでっかい倒木後方が南側から直登する破線道との合流地点、破線道は杣道のようで帰路で歩いてみることに、
Dscn2687

状態はそんなに良くはないのですが道幅が広く歩きやすいです、
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6:44、尾根道に合流、GPSを見ると細峠の西側(これが見事な勘違い)のようで東進します、
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考えていた所に到着しても細峠でないようで、あれ、もっと東側だったのかな、とさらに東進、
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6:52、進むだけ進んでこの案内板でorz、(´・ω・`)
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7:07、がっくりしながら往路を戻って細峠に到着、以前に鹿路隧道北側から登って来たときはGPSの類は持たずに来たので位置を勘違いしてました、(´・ω・`)、まぁ、自然林の中の道無き道を彷徨ったわけでないのでいいんですけど、
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3年前に訪れた時より案内板の磨耗が酷くなっておりほぼ読めません、隣は松尾芭蕉翁の句碑、「雲雀より空にやすらふ峠かな」、ぐぐってみますとこういうサイトが、
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細峠から竜在峠までは林道のような尾根道が続きます、
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7:20、三角点、城ヶ峯へ向うにどうもピーク地点まで尾根道を行かねばならないのを分岐地点を行き過ぎたようで、仕方がないので斜面を攀じ登ります、
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7:25、三角点、城ヶ峯の地点に到着、
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P752.3、三等三角点、城ヶ峯、
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竜在峠に向いますが、笹薮の中をテープを頼りに進みますが、途中テープが行方不明、なかなか厄介なルートです、
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7:35、なんとか竜在峠に到着、細峠から竜在峠に向うにこのルートしかないのか判りかねます、左方向の滝畑方面のルートと細峠からのルートがどこかで出会うだろうか、
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画像正面方向が滝畑方面、
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その2に続きます。

2017年7月31日 (月)

奈良県道48号線、通行止解除の小南峠隧道を走行してみる、

下記が走行ルートになります。
総距離:8.72km
合計時間:1時間31分20秒(この内天王山への山行時間は28分26秒)
平均速度:12.28km/時
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2017/7/27、9:29、黒滝村中戸地区の河分神社前から県道48号線を走行し、長らく通行止めであった小南峠隧道に向います、もう素彫りのトンネルではないのですが、(´・ω・`)
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通行止め表示板は無くなり、小南峠隧道の高さ制限の表示板のみ、
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旧山上街道であるので歴史を感じさせる祠等も多く、
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9:40、道標設置場所に到着、左、大峰、山上、たぶん古道は次のヘアピンカーブまで直登するようなルートのはずで、登山地図に破線道で記載されている部分だと思います、
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9:45、松ヶ茶屋跡手前のヘアピンカーブにある取付き地点から天王山へ向かってみます、
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10:27、松ヶ茶屋跡に到着、朽ちた看板がちょいと哀れな、(´Д`)、後方の携帯電話基地局横からの尾根道を利用しても天王山へ行けます、(松ヶ茶屋はwikiの小南峠の項目に詳細有り)
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松ヶ茶屋跡からすぐの所にある、旧山上街道との分岐地点、古道は林道化されている所も多く、杣道としても利用されているようで、山と高原地図には破線道で旧小南峠まで記載があります、
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斜面を下った所に三角点、小南がありますが、もう↓して↑する元気が残っていませんので止めます、(;´Д`)
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隧道近くになりますと、路面のアスファルトを交換しているようです、法面は相変わらずですが、
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10:48、小南峠隧道に到着、モルタル吹き付けの壁面が残念、通行止め看板がありません、
実は後方には関西電力の車両が駐車しており、横の関電道を使って鉄塔に向っているのかも、
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2014年6月に撮影、通行止め看板がありますが二輪は頻繁に通行していたようです、
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天川村側に到着、トンネルに入ってすぐの所にあった資材置き場は無くなり、四輪も通行できるように、通行時に3羽の蝙蝠が慌ててトンネルから出て行きましたが、また戻って行きました、
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以前はこの資材置き場がありましたので車は通行不可でした、二輪は............(゚ε゚)
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天川村側は特に変化も無く植林帯の中を降りるだけ、旧小南峠からの古道がどこに降りるのか探しましたが不明状態、古道跡はそれなりに残っていると思いますので今度峠から歩いて探してみたいと思います、
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11:02、狭路区間終了場所に到着、天川村側は平和な状態がずっと続いております、(´Д`)
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たまたま奈良県道路規制情報サービスを見ていましたら、規制にいつもあった県道48号線小南トンネルの項目がなく、いつの間にか復旧していたのね、と( ゚д゚)、
トンネル自体の復旧はかなり前に終わっていて、手前の路面のアスファルトの交換のため通行止めだったのかもしれません、費用の問題だろうか、( ゚д゚)
まぁ、これで大手を振って通行できるので、二輪はこそこそする必要が無くなりましたです、(;´Д`)